ハーレーダビッドソンツインカム88(ファットヘッド)の歴史

ハーレーダビッドソン
ツインカム88(ファットヘッド)の歴史

June 25th, 2016

15年続いたエボリューションエンジンの後を継ぐ、ツインカム88(エイティー・エイト)。フルモデルチェンジとなったこのエンジンは、ナックルヘッドから脈々と続いてきたOHV(オーバーヘッドバルブ)はそのままだが、カムシャフトが1本から2本へと変更。そして、排気量はモデル名にもある通り88キュービックインチ(=1450cc)まで上げられた。では、ツインカム88、別名ファットヘッドの登場した背景とメカニズムを覗いてみよう。

ツインカム88がファットヘッドと呼ばれる理由と、
製造期間は?

これまでの歴代エンジンはそれぞれ、外観の特徴を捉えて命名されてきた。ツインカム88はロッカーボックスの真ん中の形状が外に出っ張り、太ったように見えることからファットヘッドと呼ばれるようになる。しかし、この呼び名はあまり浸透せず、ほとんどの人はツインカムの名で親しむことになった。また、エンジン回りはクランクからトランスミッションに至るまでほぼすべて見直され、パワーや静粛性、メンテナンス性など、エボリューションを凌駕する機能が与えられた。

製造期間は1999年から現在(2016年)に至る。1450ccのツインカム88から、2007年以降は96キュービックインチ(=1580cc)がスタンダードとなり、2010年以降では103キュービックインチ(=1680cc)も加わっている。

ツインカム88Bの“B”とは? 
何のモデルに搭載された?

バランサーシャフトを搭載したツインカムモデルのことで、振動を軽減させるのが狙い。具体的には、エンジン下側の、カムチェーンプレートの左右にある丸い形状のものがそれで、フロント・リアエンジンそれぞれに配されている。このバランサーを装備したモデルはハーレー初で、バランサー本体はクランクとチェーンで連動。そしてフライホイールとは逆の回転をすることにより、不快な振動を大きく抑えている。

当初は、フレームにラバーを介さないリジッドマウントのソフテイルモデル用として開発された。なぜなら、エボリューションから大幅に性能がアップしたツインカムエンジンは、それに比例して振動も増幅したからである。そして、そのままではユーザーの不満が噴出するため迅速に88Bが設計・開発されたのだ。

目次

エボリューションの後を受け継ぐ、ツインカム88

ショートストロークエンジンに移行

1999evolution
1999 最終年式EVOLUTION

15年続いたエボリューションに代わり満を持してリリースされたツインカム88。ハーレー特有のV型2気筒の外観はそのままだが、内部に関しては徹底した見直しが計られている。当時巷で言われた、「OHV・Vツインエンジン第5世代」の名に恥じない仕上がりとなっていた。ちなみに、よく誤解されるのだが、ツインカムと言っても一般的なDOHCエンジンのツインカムのことではない。このDOHCは、OHC(オーバー・ヘッド・カムシャフト)の意味そのままに、ヘッドの上にカムシャフトが付くタイプのことで、それがふたつあるからD(ダブル)が一番頭に付いている。

twincam

だが、今回のハーレーが手がけたニューエンジンのツインカムは、単純に、今までひとつだったカムがふたつ(ツイン)になったという意味だ。代々受け継がれるOHV(オーバー・ヘッド・バルブ)の形式はそのまま採用しているわけである。

twincam engine

左がエボリューション、右がツインカム88のシリンダー。

twincam piston

左がエボリューション、右がツインカム88のピストン。見ての通りボアの違いは瞭然。

そして、排気量は88(キュービックインチ)の名称が与えられたとおり、エボリューション時代の1340ccから1450ccへと110ccアップされた。ボアストロークは、95.3mm×101.6mmとなり、これまでよりビッグボア・ショートストロークとなり、高回転域に強いエンジン特性となっている。ハーレーはこれまで一貫してロングストロークを強みにしてきたが、第5世代のツインカムで遂にショートストローク化にシフトしたわけだ。

そもそもボア×ストローク比というのは、排気量だったり気筒数と同じく、エンジンの個性やフィーリングを決定付ける大きな要素だ。そして、今回のツインカムのように、ストロークがショートであればあるほど高回転・高出力型となる。だからこそ、そうした個性や乗り味を必要とする4気筒のスーパースポーツ系バイクなどは皆ショートストロークエンジンを搭載しているわけだ。

エンジンの振動を抑え、静粛性を高めたメカニズム

こうしたバイク本来の特性を考えると、これまでのハーレーがトルクフルな乗り味と独特の鼓動を求めた結果がロングストロークエンジンだったのは理解出来る。ではなぜ、ツインカム88で排気量をアップさせながらもショートストローク化したのかが疑問だが、答えは簡単だ。それは、エボリューションを圧倒するパワーとスムーズな吹け上がりを確保しつつ、これまでのどのエンジンよりも振動レベルを低く抑えるためだったのである。

つまり、ロングストロークエンジンの構造上避けて通れない『振動』や『熱』といった問題をショートストローク化で回避しながら、パワーアップをも見事に実現したのである。

ツインカム88の登場で、1936年のナックルヘッドの誕生以来続いたシングルカム方式は廃止され、ツイン(ふたつ)の時代に突入。このエンジン内部の大改革が行われたのは、前後の各シリンダーにそれぞれひとつのカムが付くことでプッシュロッドの動きが飛躍的に向上。このことで、より効率的なピストン運動が実現されたのだ。

また、カムトレイン系は、これまでカムをマウントする役割も担っていたコーンカバーの作りを改めて、カバーはあくまでもカバーだけとして、マウントについてはケース側にカムサポートプレートを新設。これにふたつのカムとバルブトレイン系をまとめることで、メンテナンス性と、何よりも静粛性が高められたのである。このとき駆動の連結であえてチェーンを使ったのは、言うまでもなく、この静粛性を高めるためだった。

2000年にツインカム88Bが発表

挑んだのは熟成されたOHV・Vツイン

twincam fxstd
2000 TWINCAM FXSTD

ハーレーはツインカム88の誕生の翌年2000年に、カウンターバランサーを搭載したツインカム88Bを発表。これは、ツーリングファミリーやダイナファミリーはエンジンがラバーマウントだったが、ソフテイルフレームの場合はリジッドマウントのためそれらモデルよりも振動が大きかった。そこで、それを軽減させようと開発された新設計のエンジンがツインカム88Bである。当初は、バランサー付きということで否定的な意見もあったが大多数は肯定的に捉え、それ以来現在に至るまで、人気の中心には常にソフテイルモデルが位置している。

こうしてトータルでツインカムエンジンを見ると、ハーレーが成し遂げたかったのは単にパワーアップだけに留まらないのが明確だ。そう、彼らが挑んだ今回のプロジェクトは、静粛性や乗り心地のよさ、更にメンテナンス性の向上という、誰もがまだ到達出来なかった、熟成されたOHV・Vツインエンジンだったわけである。

バランサーシャフトで振動を抑制

ツインカムエンジンはエボリューションに比べてパワーアップを実現したものの、その反面、向上したパワーにより、今まで以上に大きな振動を車体に与えてしまうという弊害が起きた。これは、エンジンがラバーマウントモデルならまだしも、ダイレクトマウントのソフテイルモデルで顕著だった。

そこで、「振動が嫌で乗っていても楽しくない」という声をすぐさま反映したハーレーは、バランサーシャフトを考案。これはエンジン内部に対する施策で、フライホイールとは逆の回転をするシャフトを組み込むことで振動を軽減させるというもの。そして、それこそがツインカム88Bだったわけだ。

排気量アップと、インジェクションの登場

1999年の登場後、周囲の予想を遥かに超えるセールスを記録し続けたツインカム88。ハーレーのお家芸とも言える、毎年ごとの改良はこのエンジンでももちろん行われた。

まず、リリースから7年が経つ2006年に、キャブレターからインジェクションへと全モデル変更。このインジェクションとは、気温やエンジンの寒暖に関係なくすべてをコンピューターが調整して吸気量をコントロールするというシステムだ。また、エンジンの全回転域におけるスムースな乗り心地のみならず、排気ガスを抑えて、真冬時であってもセル一発で始動させることも可能である。

『96』と『103』キュービックインチ・エンジンも誕生

twincam fxstd
2007 FLSTF

排気量についても、2007年モデルからはそれまでの88キュービックインチ(1450cc)から96キュービックインチ(1584cc)へと約130ccパワーアップ。88モデルのボアサイズ95mmはそのままに、ストローク量が9.7mm伸びて111.3mmとなり、このストロークの増加分で排気量アップが実現された。またこの年から、エンジンの高出力化に伴って全モデルのトランスミッションが5速から6速へと変更されている。そして、2010年モデルからは103キュービックインチ(=1680cc)もラインナップに加わり、ライドフィーリングの違いが体感できる明確なポテンシャルアップが実施された。

ハーレーダビッドソンは空冷OHV45度という最大の個性を大切にするのと同時に、頑なに守り続けている。しかし一方で、ユーザーのニーズを的確に捉えて、最新の技術を投入するという柔軟な姿勢をも保持。一見保守的に見えるが、その実、かなり革新的なスタンスを持つカンパニーなのである。