
1985年、カリフォルニア州マリブ。太平洋を見渡す美しい海岸線と、荒々しい山々に囲まれたこの地で、一つのブランドが産声を上げた。『Bill Wall Leather(ビルウォールレザー)』。
シルバーアクセサリー界の巨星として満天下にその名を轟かせながらも、商業主義に迎合せず、自らの手で真物を作り続けている。
創業から40年余りが経過した今もなお、彼が多くのバイク乗りやセレブリティたちを熱狂させ続ける理由はどこにあるのか。
かつてバイク事故から身を守るために革を縫い始めた青年は、やがて銀を削り出し、世界中の人々の胸元や指先を飾るカリスマとなった。
華やかなレッドカーペットから、油と泥にまみれたガレージまで、あらゆるシーンで愛される稀有なブランドの軌跡と、現在日本でビルと近い距離にいる正規ディーラー『スーサイドカスタムズ』坂口さんの証言から、その全貌を解き明かす。
(取材協力/スーサイドカスタムズ 写真/Yusei Kanda モデル/Jay Yoshizawa)

ブランド名に冠された「レザー」の文字が示す通り、その歴史は革製品から始まった。1985年、当時20歳だったビルウォールはバイク事故を経験する。
その際、身を守るためのウェアの重要性を痛感した彼は、工業用ミシンを用いて自身の身体を守るためのレザーウェアを作り始めた。これがブランドの原点である。

初期のビルウォールレザーを知る上で欠かせないのが、伝説的ブランド『ガボラトリー』のガボールナギーの存在だ。坂口さんの回想によれば、1990年代、ビルが製作するレザージャケットや財布には、ガボールの手によるスカルやシルバーパーツが使用されていたという。
レザーはビル、シルバーパーツはガボールという、今では考えられない夢のようなコラボレーションが実在したのだ。


しかしその後、ガボールが他界し、彼を取り巻く世界が混乱する中、ビルは自らの手でシルバーの製作に着手する。彼は独学で彫金の世界へと没頭していった。
こうして、一級のレザーワークと、オリジナルの世界観を持ったシルバーワークが融合し、現在の『ビルウォールレザー(BWL)』という無二のスタイルが確立されたのである。

BWLのアイテムが他のシルバーブランドと肌合いが異なるのは、その「素材」と「ハンドメイド」への徹底したこだわりだ。
ビルはスターリングシルバーの塊から直接モデルを丹念に彫り出し、納得行くフォームを形成して初めて、それを鋳造して複製。これらは常に限定数のみの製作となる。

彼の作風は、フィッシュフック(釣り針)やウェーブ(波)、ハードなスカルなどを用いながらも、どこか「品」があるのが特徴だ。
国内大手のセレクトアパレルショップ『ビームス』が長年取り扱っていることからも分かる通り、ゴシック色が強すぎず、ブレスレットやリング一つをとっても、洗練された綺麗めなスタイリングが可能である。
また、レザーアイテムにおける革の選定眼は底知れない。坂口さんによれば、アリゲーターなどの高級皮革においても、最上の部位を惜しげもなく使用すると言う。特にバイクのシート製作においては、ビルの職人技は光彩を増す。

革の良い所だけを使い、まるで一枚物を張ったかのように見せるスムースな技芸や、依頼主が設計したシートフォームに忠実に、しかし美しく艶やかな仕事ぶりは世界中のカスタムビルダーたちを唸らせてきた。
サーフィンや車の整備、そして大自然の中で育まれたDIY精神が、その職人肌かつ芸術的なプロダクトの根底に流れている。


ビルの生み出す作品は、名だたる著名人も魅了してやまない。
アクセルローズ(ガンズアンドローゼズ)、トミーリー(モトリークルー)、エリッククラプトンといった音楽界のビッグネームから、ジェシカアルバ、ミッキーロークといったハリウッドスターまで、その顧客リストには錚々たる名前が並ぶ。

しかし、BWLの骨頂は「現場」での支持率の高さにある。特にモーターサイクルシーンにおける信頼は格別だ。
かつてディスカバリーチャンネルで人気を博した『モーターサイクル・マニア』や『バイカー・ビルドオフ』といった番組内で、ジェシージェームズやローランドサンズといったカリスマビルダーたちがこぞってビルのシートに惚れ込み、採用してきた事実がある。
華やかなステージからリアルでタフなロードまで。BWLは、本物を知る者たちの共通言語なのだ。

現在、日本国内で正規にBWLを取り扱うディーラーはごく僅かである。その中でも、世界トップクラスの在庫量とビル本人との深い信頼関係を築くのが、坂口さんが運営する『プリズムアンティークス』だ。
「うちが一番ビルウォールを持っていると思います」と氏が語る通り、同店にはウォレットチェーンだけで20本以上、リングやペンダントに至っては数え切れないほどのアイテムが常時ストックされている。
通常のジュエリーショップでは考えられないこの在庫量は、坂口さんの「売り上げのほぼ全てを次の仕入れに回す」という、採算度外視の情熱によって支えられてきた。「ビルのような心意気の良い人と付き合うと徹底的にやってあげようと思う」という言葉通り、ビジネスを超えたリレーションがそこにはある。


二人の関係が始まったのは2014年。スウェーデンのチョッパーショーに出展するバイクのシート製作を、坂口さんがビルに依頼したことがきっかけだった。
当初は一介の客と思われていた氏だが、彼が手掛けたバイクが世界的な評価を受けるものだと知るにつれ、ビルは彼をパートナーとして認めるようになる。

以後、坂口さんがAMDワールドチャンピオンシップで世界の頂点に輝いた時はもちろん、スペシャルマシンの製作時には必ずビルによる無上のシートがセットされている。
一般的なカスタムビルダーとクラフトマンの関係を超え、互いにリスペクトし合う二人。だからこそ坂口さんの店には他では見ることのできない、ビルの魂が宿った真正な作品が集まる。

ビルウォールという人物を知る人は皆、彼の「真面目さ」と「厳しさ」を口にする。
アメリカ西海岸固有のフリーでルーズな空気感とは縁遠い男だ。納期は厳守、仕事中の無駄話はなし。写真撮影も嫌いであれば、インスタントな笑顔も見せない。工房には常に緊張感が漂い、彼は黙々と作業台に向かい続けている。
しかし、その厳格な仮面の下には、純粋で心優しい素顔が隠されている。

忙しい仕事の合間を縫ってはマリブの海辺を散歩し、貝殻や鯨の骨を拾い集めるのが彼の趣味のひとつだ。
工房や裏庭には、彼が集めた自然の造形物や、何千年も前のインディアンの石などが大切に並べられている。遠い異国の友人からお土産にもらった何でもない石ころでさえ、彼は子供のように目を輝かせて受け取り、その特徴について逆に熱く語るという。

2025年、ロサンゼルスに大規模な山火事が襲った。しかし、誰もが絶望するような状況下であっても、ビルは不屈の精神を見せた。数日後には新たな場所を確保し、仕事を再開したのだ。
そして、火災直後に見舞いに訪れた友人に彼が最初に見せたのは、焼け跡から守ったその友人から貰った水晶だった。「見てくれ、これは燃えなかったよ」と。
多くの物を失っても、人との絆や自然への敬意を忘れないその心。彼の作るジュエリーに、スカルのような強いモチーフだけでなく、海やハートといった平和や愛を象徴するデザインが取り込まれるのは、この心の豊かさがあるからこそだろう。
| ショップ | プリズムアンティークス |
|---|---|
| 住所 | 愛知県安城市和泉町大海古2-12 |
| 電話/FAX | 0566-92-8007/0566-79-2383 |
| SHOP | PRISM ANTIQUESのウェブサイト |